「自分の国」から飛び出してみる

あっという間に夏が終わる今日この頃。日々、曲を作って生きています。
アルバムに入れる新しい曲が一つできて、メンバーに聴いてもらいました。BPMは60ぐらいでとてもゆっくり。アコギの指弾きが合うと思い、弾き語りでメンバーに送りました。メンバーは「いいね!」と口を揃えて言ってくれて、さあアレンジを始めるか、という所で、ギターの小竹から言われました。
「これ、BPM上げて、ジャンジャン!って感じでギター鳴らしたらいい感じじゃない?」
曲を聴かせられないのでニュアンスがうまく伝わりませんが、この発言を聴いた時、僕は正直「なんでそんなことを言うんだろう?」と思ってしまいました。
僕の中でこの曲は、歌詞も含めて、奥底にある大切な何かを閉じ込めたような曲でした。作っている時も、この曲のメロディと歌詞に自分が引っ張られるように(自分でもおかしいと思いますが)体調が悪くなったりしたこともありました。だからこそ暗く沈んだバラード曲(の定義も様々ですが)だという気持ちが強く、自分はテンポも含めて、この曲の今の形に心から納得していたのです。 しかし当たり前の話ですが、曲や言葉を聴いた時の印象とそこから受け取る/生まれる感情は、人によって異なります。僕にとっての聴こえ方が、他の人にとっての聴こえ方と同じとは限らない。人それぞれ聴いてきた音楽も異なり、人生経験も違います。それは至極当然ですが、実際にそれを真に受けてみないと、そうした違いに気付くことは難しいです。それは、他者と生きるこの世界でわかりあうことの難しさと、全く同じようなことだと思います。 バンドで音楽を作る面白さと可能性は、ここにあると思っています。僕が僕の中だけに閉じていたら作ることができなかったものが、メンバーと共同で作ることによって生まれていく。信じられない、と思うこともあります。それを信じることで自分が信じていた何かや、悩んで苦心した過去を否定されるような気もしてしまうから。けれど「信じてみることで生まれる何か」を、ちゃんと信じていたい。それはもしかすると、今まで安住していた「自分の国」から、勇気を出して飛び出してみることなのかもしれません。
そうやって色々考えた末、この曲のBPMを20ぐらい上げて歌ってみることにしました。まだ身体には馴染んでいませんが、なんとなく、新しい兆しが見えたような気がしています。そう思えたのは、そのテンポで歌っている時に自分が「すごく楽しい」と思えたからです。
***
僕らの国で作った曲を、早くあなたの国で聴いてもらいたい、と願いながら、沢山曲を作っています。完成までお付き合いいただけると嬉しいです。